| 「40年目」 孫の水月(みづき)が遊びに来ている。 私にもこんな時代があった。 水月の瞳には、何もかもが輝いているように見えているんだろうか? 私が18歳のころ?恋してたね、誰かさんに。 「ねぇ、おばーちゃん?ウチの近所にね、すごくイケてるおじーちゃんがいるんだよ?」 「イケメン?」私は笑いながら、かつて流行った言葉を口にしてみた。 「そうそう!なんでそんな言葉知ってるの?」 「昔も今も変わらないのね・・・。」 「そう!そのイケメンおじーちゃん、歌とかいまだに歌っててさー、 なんか昔、バンドやってたんだって〜?」 「バンド・・・ねぇ・・・」 私は遠くを見つめた。はるかかなた遠くを・・・。 忘れていない、あの日の言葉。 「40年後の二人はどないしてるやろなぁ?」 「今度ね、スタジオで練習があるの!よかったら一緒に行かない?」 「ええ?おばーちゃんも行くの?」 「いいじゃん、いいじゃん!おばーちゃんだって歌うの好きじゃん?」 スタジオなんて75年生きてきた中で、1度しか入ったことがない・・・。 某局のスタジオでコーラスの練習をした時以来。 60年ぶり?! * * * * * * * 「こんにちはー!おばーちゃん連れてきましたーっ!」 「こんにちは。よく来てくださいました・・・。 初老の、背の高い、目鼻立ちのはっきりした男性が出迎えてくれた。 このお方・・・昔は相当おモテになっただろうな、と察するにあまりある。 思わず笑みがこぼれてしまい、あわてて気を取り直した。 「初めまして。水月ちゃんにはいつも元気もらってるんすよ。 私・・・長瀬と申します。どうぞよろしく・・・。」 「私、山岬 水帆(やまざき みずほ)と申します。 長瀬さん、いつも孫の水月が・・・・・」 言いかけて、ふと気づく。 長瀬・・・?そう言えばどことなく面影が・・・まさか?! 「あの・・・もしかして・・・ボーカルの長瀬くん?」 「?!私のこと、ご存知なんですか?! イヤーお恥ずかしい・・・。」 「え?おばーちゃん、長瀬くんのおじーちゃんと知り合いなの?」 「ん・・・知り合いってほどのもんじゃないんだけどね。」 そう・・・長瀬くんは若かりし頃、とあるバンドのボーカリストだった。 私はというと、そのバンドの熱烈なファンで、よく黄色い声を発していたっけ。 遠い遠い昔・・・。 「もうすぐみんな来ますよ。久しぶりなんすよ、会うの。」 みんな?!私は動揺を隠せなかった。はっと我に返り 「いつもいつも水月がお世話になっております。ご迷惑おかけしてませんか?」 「イヤイヤ、迷惑どころか・・・。もっとも水月ちゃんには、私より孫の方が 仲良くしてもらってるんですが。」 そう言ってスタジオの隅に目をやる。 くったくなく笑っている背の高い男の子。となりで恥ずかしそうに話す水月。 記憶がよみがえる。あの子は昔の長瀬くん?よく似ている。 そして・・・となりにいたあの人・・・。 バタンとドアが開いた。 「おはよ〜っす!久しぶり〜!!」 紫のスーツなんて着てきて練習?・・・まさか?! 「あれ?お客さん?こんにちはー!初めまして。私、松岡と申します。 なになにー?オマエのコレ?か?」 「違いますよーっ!」 相変わらずだ、この人は。40年たってもちっとも変わっていない。 「イヤイヤ・・・ごめん!遅くなりましたー! 山口くん乗せたら、急に車がエンストして・・・。」 「なんだ?!オレが重いって言いたいのかっ?太一?!」 私は夢を見ているのだろうか?挨拶も忘れ、私はただ呆然と立ちつくしていた。 「リーダーは?」 「あ?たぶん医者行ってから来るよ。腰、きてるらしいから。」 私はその名を聞いて、カッと熱くなっていくのがわかった。 バタンッ!!勢いよくドアが開いて、息を切らせた人が入ってくる。 「ごめんな〜、遅うなってすまん!医者混んどってなー、2時間待ちや! よけい腰悪うなる・・・。」 あれ?という空気・・・視線の先には私。 「あ?こちらは・・・?お知り合いの方?」 私は固まってしまって、言葉が出てこない。やっとの思いで力をふりしぼる。 「・・・茂・・・私・・・・・水帆です。」 「みずほ・・・?みずほって・・・・・?・・・?!」 言葉につまりおとずれる沈黙。次の瞬間 「オマエ、なんでここにおんねんなーっ?!」 「え?え?リーダーの知り合い?!なんで?!」 「フフ・・・そうか、リーダーの昔のコレ、か・・・。」 また相変わらずな反応のしかた! 「そうなの?!茂くんもスミにおけないなぁ。」 なごやかに盛り上がっているメンバーをよそに、私たちは・・・。 「二人・・・世界でき上がってるみたいすね・・・。」 ボソッと長瀬くんがつぶやいた。 「まだギターやってたのね?」 「たまになー。腰にくるからアカンのやけど・・・。」 「ホントに続けてたんだね・・・。」 40年の月日・・・記憶の糸をたぐりよせているうち、涙が茂の顔にベールをかけてゆく。 * * * * * * * あの日、ギターの練習をしながら、茂は私にこんな話をしてくれた。 「あのな・・・最近思い浮かんだコトなんやけどな? ライブでも太一やったっけ?言うてたやんか?トシとってもバンドやってたいって。」 「うん、そうそう、言ってたね?それが?」 「トシとったらワシら、どないしてるやろか?40年後・・・ワシ70や!」 「ええ?40年後?!私・・・75!」 「バンド、趣味で続けて、CMみたくカッコええじいちゃんになってたいなぁ〜。」 「それで私が、「あ・た・し・よ」ってTEL入れる!」 無邪気に笑ってた。ごくふつうの恋人たちだった、40年前・・・。 その笑顔の奥に、さみしさと切なさを持ち合わせてる以外は。 私に家庭があるという事実以外は。 私たちはひょんなキッカケで出会ってしまった。 会えるのが短ければ短いほど、密な時間を過ごした。 お互いを思いやれば思いやるほど、その危うい立場が哀しくて、二人は少しずつ離れていった。 目の前の現実はありふれた幸せ・・・なのになぜこんなに苦しいんだろう? 私はあの時、何かを捨ててしまったのかもしれない。 * * * * * * * 「忘れてへんよ、あの日の話・・・。そやからこうして続けられてたんや。 今度1度だけ、ライブをすることになってな。そしたらオマエ、きっと来てくれるんやないかと 思って・・・。」 (たぶん、必ずどこかで聞きつけて、行こうとしたと思う、探し出そうとしたと思う、あなたを・・・。) そう言おうとして私は言葉を飲み込んだ。 「その時もし会えたら、言おうと決めてたコトがあるんや。」 「なに?」 一瞬のためらい・・・微妙な空気が流れてゆく。 「ワシと・・・最後の人生、一緒に過ごしてくれへんか?」 「ええっ?」 他のメンバーも一斉に振り返った。 「だって・・・だって・・・75よ?!私?」 「70も75も変わりあるかいな?!今は100まで生きるの当たり前の時代やで?」 確かに私は15年前、主人を見送って今はひとり。息子にも頼らず歩いてきたし、 これからもそのつもりだった。 「カーッコいい〜っ!茂おじーちゃん!!おばーちゃんたら、こんなステキなプロポーズされるなんて うらやましいよー!あたしもこんなふうに年取りたい!」 「でもね、水月・・・。」 「好きな人には素直になれって、いつも言ってるのはおばーちゃんの方でしょ?」 うれしそうに笑う水月。 パチパチパチッ!!とメンバーの拍手に囲まれ、私は自分がここにいることがフシギで しかたなかった。 と同時に、気持ちが痛いほどうれしかった。 「リーダー、すごいっすよ!」 「いや、たいした男だよ、アンタ!ずっと想ってたんだ?こちらの方を・・・。それで独身 つらぬき通してたのっ?! なんだー、そんな恋愛してたのかよー?何にも言わねえから知らなかったよ。」 「おめでとう!!」 「茂くん、よかったね!」 「んな・・・まだおめでとうなん早いわ。返事もろてないのに・・・。」 私はこの気持ちを伝えるのに、どれだけ時間がかかったことだろう? 「茂・・・いいの?私、今度こそ一緒にいていいの?あなたを見ていていいの?」 「ええんやで?ワシはもうあきらめたりせえへん。ここまで来るのに40年もかかってしもたわ。 ごめんな・・・。」 私は、相変わらず細い、けれどあたたかい、茂の胸にもたれて泣いた。 あの日流した切ない涙。永遠なんて誓えないと思っていた。最後の女になんかなれないと 思っていた。 「今度こそおめでとうっ!!」 山口くんのすべて包み込むような言葉・・・この人はいつもそうだった。 いつのまにか、長瀬少年も水月の肩を抱きながら、そばで笑っている。 「ほら、茂くんっ!やろうよ?何やる?」 子供のようにはしゃぐところ、太一くんやっぱり変わってない。 「んー、そうやな・・・「君を想うとき」?」 「く〜っ、よく言えるね、そういうの、相変わらず!この男っっ!」 人との出会いって、自分に何をもたらすかなんてその時はわからない。けれどきっと意味がある。 その人に必要な出会いを、神様は用意してくれている。そんな気がした・・・。 「行くぜ〜♪」 松岡くんがスティックを振り上げる。 「愛なんて言葉くすぐったくて・・・」 私たちは今ここにいる。 遠回りしたけれど、決してムダじゃなかった。流した涙も・・・あの切なさも・・・。 あなたと出会えてよかった・・・! 本気で笑って素直に泣ける私をありがとう・・・・・。 |