「ようこそ、天の上(あまのかみ)教会へ」


あたしはコンビニの袋をぶら下げて、いつもの帰り道を歩いていた。
ちょっと飲みすぎちゃったかしら?足元が危なっかしい。

大通りを曲がろうとした時、手前の小道の奥に、灯りに照らされたとんがり屋根の
建物を見つけた。
教会?あれ、こんなところに教会なんてあったかしら?
それとも、飲みすぎて幻でも見ているの?
不思議に思って外壁を触ってみたけれど、石造りでビクともしやしないわ。
ドアノブを回してみると、開いた!

あたしはおそるおそる入ってみる。
一瞬目くらましのようにまぶしい光が飛び込んできて、思わず目をつぶった。
そっと目を開けると、中はろうそくとランプの灯りだけが照らされた、不思議な空間。
髪の毛の長い女の人がひとり、パイプオルガンを奏でている。
中を進み行くと、一人のおじいさんが背中を丸めて、何やら祈りを捧げていた。
あたしは、おじいさんから少し離れたところに腰掛け、マネをして手を合わせた、その時。

おじいさんがゆっくりと振り返った。
「ようこそ、天の上教会へ」
あたしはちょっとビクつきながら、「こんばんは」と答えた。
「わしはこの教会の主の神じゃ」
「そうですか・・・・・」
神なんてずいぶん変わった苗字ね。

「神は苗字ではないぞ。自分に”様”をつけるのは、さすがに気が引けるから言わぬだけだが、
 わしは神様じゃ!」
えーーー?かみさまぁ?!
人の心の中を読んだかのように、タイミングよく答えるなんて、おじいさん何者?
「だから神様だと言ったじゃろう?」
「じゃ、神様だと言うなら、あたしの質問に答えてよ?」
酔っているとはいえ、本当の神様だとしたら、ひどい口の利き方よね。バチが当たるかしら?

「その前に、自分の名前くらい名乗るものだぞ?」
「実波留(みはる)です」
「よし、実波留、何だ?たずねてみるがよい」
あたしはさっそく神様のおじいさんに聞いてみた。

「生きることって、どうしてこんなに切ないの?」
すると、神様と名乗るおじいさんは、少し笑ってこう答えた。
「生きておれば、そのうちにいいこともやってくるというものじゃ」
その答えに拍子抜けしたあたしは、神様とやらにつっかかった。
「それじゃあ、答えになってないよ!それに、神様のクセして『生きていれば』だなんて
 可笑しいわ。神様は死んだ人のそばにいるのでしょ?」

「ふぉっふぉっふぉっ」
神様のおじいさんは、笑い声を天井まで響かせた。
「神様は、誰かのためだけにおるのではないぞ。いのちあるもの、この世を去ったもの、
 いつか次の生を受けるのを待つもの、全てのためにおるのじゃ」
おじいさんのその言葉に、あたしはちょっとだけ、心が救われる思いがした。

「しかし・・その年で生きるのが切ないなどとは・・・」
おじいさんは肩を落とすしぐさをして見せる。
「なによー、この年でって、失礼ね?切なさくらい十分感じて生きてきたんだから!」
あたしは食ってかかる。
「実波留、おまえはデータによると、あと55年は生きねばならんのだぞ?」
「データ?やっぱりうさんくさーい。おじいさん、何者?」

するとおじいさんは・・・・・
次第にその表情を変えて、白髪だった髪の毛は黒くよみがえり始め、最後はうっすらと
見覚えのある顔になっていた。
「実波留・・・」
「お・・とうさん?」
それは、あたしが7歳の時亡くなったおとうさんの顔だった。

「おまえの人生、まだまだ先は長いのだ。父さんはこれではおちおち休んでもいられない」
「おとうさん・・・」
その顔はまぎれもなく、あたしが大好きだったメガネと、触るとちょっと痛いちょびひげの、
おとうさんの顔だ。

「明日がある、なんとやらっていう歌もあるだろう?」
「やだ、そんなのまで知ってんの?天国ってけっこう情報が届いてんのね?」
あたしは大きな口を開けて笑った。

その瞬間、再び辺りに閃光が走り、まぶしくて何も見えなくなった。

「おとうさん?!」
「おまえはやっぱり笑っている方がいいぞ」
声が遠のいてゆく。待って、行かないで!
「おとうさん!!」

あたしは目を開けた。
気がつくと、汗をかいてベッドの上に起き上がっているあたしがいた。
夢・・・・・?
そんなはずはない、あんなに確かに・・・。
テーブルの上にはゆうべ買ったお菓子がそのまんま、コンビニの袋と一緒に転がっていた。
頭が少し痛い。
やっぱりゆうべは飲みすぎたのかな。
あたしの見た単なる幻にすぎなかったのかもしれない。

早めに家を出て、通勤の途中、昨日入り込んだはずの道を曲がってみる。
が・・・確かに建っていた教会はそこにはなく、パイプと鉄線で囲われた草ぼうぼうの空き地が
あるだけだった。
心地よく張りつめた空気が肌に触れ、風が髪を揺らしている。

もしかしたら・・・何かに迷いぶつかった人のために、天の上教会は現れるのかもしれない。
そんな気がした。

おとうさん、いってきます。
あたしは、おとうさんが誉めてくれた笑顔でそうつぶやくと、駅までの道を走り出した。