| 「Blue green」 終わってからの方が苦しいということを知った。もう1年も経つのに。 海に行きたい。波を見て、なんにも考えずにぼーっとしてみたい。 ただそれだけだった。 「申し訳ないんですが、頭痛がひどいので今日お休みをいただきたいんですけど」 私は、突然仕事をズル休みした。 九十九里なんていつ以来だろう。 以前、夕方の海を見に来た時は、季節はずれだったせいか、サーファーが数人ボードを抱えて 砂浜を歩いているだけだった。 でも今は、さすがに夏だね、平日とはいえ、サーファーの群れが波間に舞っている。 砂浜に静かに腰を下ろす。 涙が溢れ出したけれど、潮風に紛れてこのまま海まで運ばれてしまえばいい。 すると・・・突然横から話しかける人がいる。 「あれ、目に砂でも入った?」 私は、涙の流れている顔全体をとっさに隠す。 「海を見てると元気が出てこない?オレはどんなに疲れてても、ここに来ることだけは 絶対に忘れたくねーんだよなー」 ・・・ただのナンパ男か。 私はしらんぷりして顔をそむけた。 「あれ・・嫌われちゃった・・・」 そう言って男は笑った。 人の横で勝手にウェットスーツを脱ぎ、短パン一丁になっている!ちょっとーっ!? 私の目は泳ぐ。 (うぅっ・・・筋肉質ー!!) 爽やかな笑顔が、夏の陽射しに映えてキラキラして見えてしまう・・・。 海とスキー場にはきっと魔物が住んでるんだ。 「ん?どしたの?話してすっきりするんなら、お兄さんに話してごらん?」 「え・・い、いいです・・・」 「遠慮すんなって!ただのおせっかいのアニキだと思って、ちょこっと話してみ? これでも人生相談のプロなんだからな!」 ただのナンパ男が何を言う?! 「何があったか知らないけどさ、人生には答えは一つしかないわけじゃないんだよね。 これがこうだったら、きっとこうなるとか勝手に思ったところで、その通りになるとは 限らないし。決して逃げるためじゃなくて、別の答えを導き出すためにね?」 涙がよけいに溢れ出した。 「どしたぁ?思い出しちゃったかー?泣けてきちゃうかー?うん、泣け泣け! 泣きたいんならこの胸貸すぞ?」 私はびっくりして、泣きながらようやく首を横に振った。 「あ?そりゃマズイか?」 男は爽やかに笑いながら、ポンポンと私の肩を叩いた。 私は・・・1年前の夏を思い出していた。 目の前をバスがゆっくりと走り、二人の行く手のジャマをする。 バスを抜かしてしまいたい反面、このままこの後についていれば、少しでもさよならの時間を 遅らせることができる・・・そんなことを私は考えながら、あなたの助手席に乗っていた。 カーブを曲がるとあの海が見えてくる。 空と海の境界線がうすぼんやりした夏の海。ここに何度足を運んだことだろう。 聴き慣れたバラードが、切ない気持ちを歌い上げていた。 陽射しに照らされた海水は、サンダルを脱ぎ捨てて走り出した私の足を、温かく包み込む。 笑うあなたとはしゃぐ私。至福の時間(とき)が長ければ長いほど、失うのが怖かった。 胸が痛い。あなたといたい。なのに・・自分の想いが溢れすぎて、押しつぶされて、 私は堪えられなかった。 心の中にいつもいたあなたが、今もまだ頬杖をつきながら話しかける。 「なんや、どないしたん?」 そうやってずっと励ましてくれていたあなた。 私が自分と向き合うことを、そばでそっと見守っててくれた。 「言葉が出ない時は、涙があるやないか?洗い流せばええんよ。泣けることは幸せなんやで?」 カッコつけてもカッコがついてないところが憎めなかった。 現実はただ一つしかないのだから、淡々と受け止める勇気を持たなくては。 この痛みにも必ず意味があると信じて・・・。 「オマエなら大丈夫や」 頼りなさそうな顔をして、あなたはあの日と同じように、私の記憶の中で笑っている。 「あ、来た来た!」 手招きするようにナンパ男が手を振った。 ・・・え? なんだか見覚えのある歩き方をして、こちらにやってくる男がいる。 めまいがしそうになった。なんでここに?! 驚く私の顔と視線の先を、ナンパ男が見比べている。 「オレの友達なんだけど・・・?君、もしかして知り合い?」 これってなんなのー!?こんなボロボロの顔で、頭もぐしゃぐしゃで、どうでもいいような カッコしてる時に、どうしてあなたと会うことになっちゃうのよ?! 男はあなたに駆け寄って、何やらヒソヒソ耳打ちしてる。何言ってるんだろ?! あなたは少し悲しげな顔をして、ちらっとこっちを見た。 タッタッタッと砂浜をこちらに戻ってきた男は、「じゃ!」と一言だけ残して、 再びウェットスーツに身を包み、ボードを抱え、海に戻っていった。 身動きできず、私は砂浜に座ったまま、じっと固まっていた。 「久しぶり・・・」 あなたが隣りに座る。 「・・・元気だった?」 私はぎこちなく言葉を返す。 「あれから、ひとりで海ってちょっと気が引けるようになってもうてな・・・」 目の前のあなたがちょっと淋しそうな顔をするから、思わず言ってしまった。 「いいじゃない、別に。私はひとりでも来たいって思うもん」 「そう?」 相変わらず頼りなさそうに笑うあなた。 「・・・また一緒に来ぃへん?」 え?な、何?今の?! 「・・・それ・・・って・・・・・?」 「アイツ・・さっきの色黒男・・な?アイツがオマエをここに呼んだんやて?いつの間に 知り合いになってんねん?ったく・・・」 「・・・え・・・?」 「ちゃうの?」 「・・・違うけど・・・誰かがここに呼んでくれたのかもしれない、ここに来るように、って 私を」 「ワシは忘れてへんよ、あの日のぬくもり」 私は、ゆっくりと去年の夏を思い出す。あなたと交わしたぬくもりと言葉たちを・・・。 そのあなたが今、目の前で私の名前を呼ぶ。 ずっと海を見ていた。そっと手を握ったまま。 ずっとずっと見ていた。Blue greenにきらめく海を。 あなたが歌うちょっと不安定な鼻歌を、波音をバックに聴いていた。 |