「ヒールの音」
「お世話になりました」とみんなに挨拶をして、あたしはオフィスを出た。

長年通ったこのオフィスとも、今日でお別れ。


すれ違っても気づかないくらい、慌ててあいつが駆けてきた。

ほんの少しの間だけ、あたしが心を動かされて、気持ちを告げたあいつ。

「あの・・さ!!」

あたしのかけた声でやっと気づいたあいつが振り返った。

「よ!ごめん、これから打ち合わせ行かなきゃなんなくてさ!またな!!」

あいつは、あたしに何も言わせる隙さえ与えずに、走って行った。


言えなかった。言わせてくれなかった。

あたし会社やめんの、結婚すんの、バイバイ、って。

それすら言わせずに、最後まで友達のままなんて。

でもあいつらしいね。バカなヤツ。


ヒールの音を響かせながら、あたしは地下鉄の階段を下りて行った。





BGM : 中村中 「冗談なんかじゃないからネ」