| 「約束」 「後悔なんてしていない、あなたを好きになったこと。 あなたに出会えて、幸せをたくさんもらった。 なのに・・・どうしてこんなに切ないんだろう? 涙が頬をつたって落ちた。」 こう書き出してふと、キーボードを打つ手を止めた。 はぁーっ・・・タメ息をつく。 私は作家をめざしている。ふだんはごくふつうにOLしてるけど、 暇さえあれば文章を書きまくり、街へ出ても遊ぶより、つい、いい素材はないかと探してしまってる。 これ!と思えばすかさずメモ。 こんなだから、恋人とのデートなんて縁遠くなるわけだ。 そんな私にも今、好きな人がいる・・・。 この文章も恥ずかしながら、その人を想って書いた。 もっとも、そんな近くにいられるほどの距離ではないのだけれど。 * * * * * * * その日、私は仕事で大失態をやらかしていた。口にするのも情けないくらいの。 あまりに自分がやりきれなくて、部屋に帰ってもぼーっとしているだけだった。 その時FMから流れてきた、ある人の言葉・・・。 「今日のテーマは、『私の一日』。 今日のあなたの一日は、いかがでしたか?うれしかったこと、悲しかったこと、どんなことでもいいです。 僕に伝えてください。メール、FAX、どちらでも受け付けていますよ。メールの方は・・・・・」 その言葉に、私はふと、「ぐちってみようかな・・・?」って気になった。 PCを立ち上げる気力くらいは残っていたから。 こんなこと話すの情けないけど、知ってる人に愚痴るよりよっぽど気が紛れる。 「はい、さっそく来ましたよ、これは・・・さいたま市にお住まいの、こんばんわんこさん。 『ボウちゃん、聞いてーっ!今日ねー・・・・・・』 ボウちゃん?この人の名前?名前も番組も知らずに、聴いてる私。 「思いっきり電柱に激突?!そりゃーすごい!めったに体験できないことだよ?!こんばんわんこさん。 でも、チャリを甘く見たらいけませんよー?僕もね、ふだんはチャリ乗ってますからねー。 昔、あぜ道走ってたら、蛙よけようとして田んぼにおっこったことがありまして・・・。 僕の名前、望(のぞむ)で、ボウって読めるでしょう?その頃からなんですよ、ボウちゃんって 呼ばれるようになったの。 友達曰く、『トロくてぼーっとしてるから』だと。うるさい、ほっとけーっ!!」 ぷぷぷっ・・・思わず笑った。こんな時でもまだ笑えるんだ、私。 「さてお次は・・・中野区にお住まいの、かのんさん。 『今日の私は最悪でした。仕事で大失敗して・・・すごく落ち込んでます。』」 ええっ?!わ、私の?! 「『 実は私、お得意先の名前を取り違えて、さらに、100個のところを1000個受注して しまっていて・・・。 あわてて謝罪と返品に走るわ、受注生産のものを余らせるわで、大激怒されてしまいました。 これでクビがよくつながってるな、と・・・。 ああ、もう落ち込むーっ!!うなだれっぱなしの私です・・・。』」 げげっ!マジで読まれちゃったよ?! 「そうかー、かのんさん、たいへんな一日でしたね。 仕事でいろいろあると、ほんとキツイよね?僕も何度やらかしたことか・・・。 この番組を始めたころなんて、生放送ってだけで緊張して・・・無言のまま時が流れてしまったことも ありましたよー?って自慢になんないね、はははっ!」 なんだろう・・・。自分の失敗読まれてるのに、気持ちがラク。 この心地よさは何?この人の声のせい? 「まだまだあなたの『私の一日』、待ってますよー? さて、さきほどの落ち込んでるかのんさん、あなたにこの曲を送りましょう! 15minutesで『今日もいい一日』。」 「♪今日もいい一日だったと 胸張って言えるようになりたい ひとり帰る夜は すこし寒いけど きみはあったかい 100円玉にぎりしめても 缶ジュースひとつ飲めない街で お金を出しても 買えやしないもの いくつあったかい Ah 悲しい時は 空見上げ涙を拭いて Ah 口笛吹いて wow ごまかしちゃえ おとうさん頑張って おかあさんも頑張って おじいちゃん おばあちゃん いとしいきみよ みんな頑張って♪」 心に染みたこの曲。この時のこと、今でもはっきり覚えてる。それが1年前。 * * * * * * * 彼は、あるFM局でラジオのパーソナリティをしている人だった。 それ以外は何も知らなかった。 この人のラジオを聴くようになってから、本業は舞台役者だってことを知ったくらい。 「さて、今日のテーマは、『夢を見ようぜ!』 ズバリあなたの夢ってなんですか?教えてください。メールは・・・」 今夜も始まった。 私の夢・・・それは自分の作品で、誰かの心を励ますこと。 そう思ったら、自然とキーボードを打つ手が早くなっていた。 「中野区のかのんさん。 『実は・・・私、小説家をめざしています。毎日すこしずつでも、書くことに触れていたいくらい すごく好きなんです。私の書いた文章で、誰かの心を和ませたり励ましたりできたらな、というのが 私の夢。今は、どんなことでもいいから、心のアンテナに感じたことを、書き留めておく毎日です。』 素敵な夢だね・・・。誰かを励ましたい、ってすごく前向きで、愛にあふれてる方なんでしょうね? 僕も、言葉でみんなの心に何かを残せたらな、って思ってます。この番組にしても、舞台にしても・・・。 かのんさん、頑張ってね!!応援してるよ!」 ・・・また読んでくれた、彼。なんだか毎週のように読まれてるような・・・。 もう、誤解しちゃうよ?もしかして彼と私の間には、何か見えない糸でもつながってるんじゃないか?って。 「ここで次の曲。これは前向きに頑張ってる人にピッタリの曲ですね。 TOKIOで『どいつもこいつも』。」 「♪誰かのためにできること どんな小さなことでも 笑顔に変えてゆけるのなら 諦めたりはしない どいつもこいつもみんな パワフルでいくんだ 言い訳するのは趣味じゃない いつでもどこでもMy life 涙は見せないんだ 信じている夢に届け何度でもBODY BLOW♪」 そう、私もこの曲、すごく好き。初めて聴いた時、なんだか泣けた。 私の気持ちそのまま、言ってくれてるような気がして。 彼らはいつも勇気をくれるよね。 テレビの顔ばかりで、音楽はあまり知られてないけれど、すごくいいもの持ってると思う。 もっとたくさん、彼らの音楽を聴いてみたいな。 「さてさて、今日もそろそろお別れの時間になってしまいました。 ここで私事で恐縮なんですが・・・来週から僕の出演する舞台、「シェリー・アムール」が 始まります。東京・中北沢 本間劇場で、6月1日から6月10日までの公演です。 くわしいことは、TEL 03・・・」 舞台、始まるんだ・・・。 まだ、彼の舞台見たことない。見たいような見たくないような? 会ってしまうのが怖いような気もしてる。 「みなさん、ぜひぜひお誘い合わせの上、いらっしゃってくださいねー? 来週はゲストをお迎えして、楽しいトークで1時間お送りします。 誰がゲストかは、来週のお楽しみ・・・。 お相手は 中嶋 望でした!それではまた!おやすみなさーい☆」 「おやすみ・・・望。」私は少し照れながらつぶやく。 舞台、見に行ってみようかな・・・? 私って単純。彼の『見に来て』っていう声を聴いたら、行こうかな、だなんて。 胸がきゅーんってなるのを感じていた。 * * * * * * * 今日も終わった・・・。 このところ、舞台の稽古がつまってるからけっこうキツイ。 「中嶋さん、おつかれさまでしたー!」スタッフが挨拶に来る。 「ありがとうございました!来週もよろしくお願いしますー!」 今日も来てたな、あの子のメール。毎週必ず出してくれてる。 もう1年くらいになるのかなぁ?心待ちにしてるオレ。 そうか、文章書くのがうまいなと思ってたら、作家めざしてたのか。 オレも負けないように、舞台頑張らないとなー! あー、それにしても、からだちょっとキツイ・・・。 スタジオを出て、従業員専用口へ向かう。 外では、数人の女の子が待っている。 「あ!中嶋さーん!舞台がんばってくださーい!」 「ぜーったい見に行きますぅ!!」 「あ、どうも・・・。」 ほんと、毎週こんな夜中に、ここで待っててくれるのも、なんだか気がひける。 雨の日も風の日も、はたまた寒い日も。 そんな女の子たちを横目に、ふと思う。 (彼女が来てくれたらいいなぁ・・・。) オレは・・・あの子が気になっていた。 いつもいつも励まされていたのは、オレの方だったかもしれない。 だから・・・今日、舞台のお知らせを入れさせてもらったんだ。 公私混同?!そう言われてもしかたないな。 舞台見に来てほしい。そして彼女に会ってみたい! 少し重いからだをひきずりながら、オレは局を後にした。 * * * * * * * 「こんばんはー!中嶋 望です!さていよいよ始まるんですよ、舞台。 もうね、からだけっこうキツイんです、実は。 今日もギリギリまで稽古してました。セリフ覚え悪いんですよ、僕。 まぁ、見に来られる方、楽しみにしててくださいね。僕のアドリブが聞けるかもしれませんから。 それでは、今日の1曲目、桜庭裕一郎で『ひとりぼっちのハブラシ』。」 「♪『愛してる』その言葉しか 思いつかない Uh 夢の中さえ 君は 来てくれない ハブラシはいつものように カガミの前二個並んで Ah 待つよ 俺は待ってる 信じて待つよ♪」 いよいよ明日からだね、舞台。 裕ちゃんの歌詞に、ふっと思った。望の家には、ハブラシ何本あるんだろう・・・。 そんなことを考えて、ものすごく淋しくなった。 どうか1本だけであってほしい・・・なんて。私ってバカだよね。 「僕んちは悲しいことに、ハブラシ、ほんとにひとりぼっちですねぇ。 2本あって、1本が淋しいなんて、うらやましい・・・。ホントに1本だけ!! あ?こういうこと言ってたらまずい?ガラスの向こうでディレクターさんが×出してる!!」 望ったら!冗談でそういうこと言わないでよね? でも・・・私の心の叫びが聞こえたのかな?ってちょっとうれしくなったけど。 「今日のテーマは、『決心』。心に決めたこと、何でもいいです。どんどん送ってください。」 私は・・・あなたの舞台を見に行くよ。 「さて、次。中野区のかのんさん。いつもありがとうございますー! 『私の決心、それは、中嶋さんの舞台を見に行くことです。 いつも、どんなお芝居なのかなと思いつつ、なかなか足を運ぶことができなくて・・・。 6月7日、夜の部のチケットが取れました!ラッキー♪ この機会にお芝居の楽しさを味わえたらな、と思います。 頑張ってくださいねー!楽しみにしています!!』」 うそ・・・読んでる!「いつもありがとう」って?私に気づいてるってこと?! こんな何の変哲もないメール、なんで読んでるの? またヘンな期待しちゃうじゃないっ?! 心臓がバクバクしてる。 「そうですよ?ぜひこの機会に、芝居を楽しんでいってくださいね! かのんさん、舞台でお待ちしていますよー!! じゃここで1曲。15minutesで『I never miss you・・・・・』。」 「♪泣き顔ばかり思い出してる なんであの時 抱きしめなかったんだ きみをなくすくらいなら So I never miss you きみにもいちど会いにゆこう こんなことで 終わるような ふたりなんかじゃないはずさ だから勇気を出して♪」 あなたが、『会いに来て』って言ってくれてるような気がした。 この幸せな気持ちだけ胸に抱いて、今夜は夢見よう、あなたの夢を・・・。 * * * * * * * 今夜は舞台を見に行く。朝からもう落ち着かない。 仕事も手につかない。こんな時こそ、気をつけないと、舞台見に行くどころじゃない事態を招きそう・・・。 気をひきしめなくちゃ!平常心、平常心!! だったら平日に見に行かなければいいんだよ、って? だって・・・今夜、望のラジオあるんだもん。 すぐにメールしたいから。想ったことを言葉にしたいから。それだけなんだけど・・・。 ランチも喉を通らない。友達も何の話してたか思い出せない。 ごめん、友よ、今日は許してね。 5時15分。上司に捕まる前に、「お先に失礼しまーすっ!!」と元気にフロアを出る。 中北沢までは、井ノ原線で一本、急行で10分強、普通でも20分弱の道のりだ。 すごく早く着くけど、行かずにはいられない。 どこかで何かおなかに入れておかないといけないけれど、また喉を通らないんだろうな。 とりあえず、中北沢で時間をつぶす。何をしても気になってて、本当は上の空だけど。 電車の高架線の向こうに、本間劇場が見えた。 (彼は今ここにいるんだ・・・。) そう思ったら、この場所さえものすごく愛しい。 私はブラブラ歩くのをやめ、劇場の入り口に向かっていく。 入り口ドア横のガラス越しに、中を覗きこんでみると、 カードに「中嶋 望さんへ」と書かれた豪華な花が、飾ってあるのが見える。 望の文字が胸に痛い。 開演の19時が近づくと、女の子達がぞろぞろやってきた。 全員、望のファンなんじゃないかって思えてくる。 一人の女の子は花束を抱えてる。本人に手渡しするのかしら?私にはとてもできそうもない。 ちらっと見えたカードに、望の文字を発見してしまった。 (この子も彼が好きなんだ。) 「シェリー・アムール」 場末のバーを舞台に繰り広げられる、男と女の切ないラブコメディー。 彼の役は、主役の男の親友。だけど、親友に大切なメッセージを伝えるキーパーソン。 「オマエ、彼女のこと本気じゃねぇのかよ?!男だったら、しっかり捕まえとけよっ!!」 彼の役の男は、悲しい別れを経験した奴だった。 「♪シェリー・アムール 思えば 燃えつきた愛じゃなかった 逢えない 君だけを 想い続けてる シェリー・アムール 思えば 燃えつきた愛じゃなかった 逢いたい 叫んでる 探し続けてる いまも君を♪」 彼が歌ってる。初めて聴く彼の歌。 切ない声に、どれだけの人が酔いしれてるのだろう。 彼も、こんな気持ちを誰かに抱いてるのだろうか? 舞台の上の彼が、涙でにじんで見えなくなっていった。 * * * * * * * ホールのロビーには女の子たちがあふれ返っていた。 家路につく女の子に混じって、歩き出していた私。 楽屋への通路の方に、十数人の女の子たちが向かっているのに気づく。 さっきの花束の女の子も混じっている。 私は思わず足が止まる。 (みんな会いに行くの?) 混み合っていたロビーも人がはけて、閑散としてきた。 楽屋の方から、女の子たちのちょっと甘い歓声が上がる。 「望、かっこいいーっ☆どーしよーっ!手洗えないーっ☆☆」女の子たちがバタバタと走り出してくる。 今度は、どこへ行くというの? 楽屋口だ。楽屋口で、今度は出待ちするらしい。 (一目会いたい・・・。) そんな気持ちが私に湧き上がってきた。 一目でいい。遠くから一目でいいから、会いたい。 楽屋口の前で待つ女の子たちからは少し離れて、私は、楽屋口横の自転車置き場にいた。 ここなら楽屋から出てくる彼を、横から少しだけ見ることができそうだから。 どれくらい待ったことだろう? 出演者たちが楽屋口から出てきた。女の子たちがにわかに色めき立つ。 でも・・・彼の姿はない。 少しがっかりしたような、ほっとしたような気がして、ため息をついた。 その時、自転車置き場の向こうから、一人の男がやってきた。 うつむいていた私の横に来て、自分の自転車を出そうとしている。 「すみません・・・。」 私がちょっとジャマしてたみたい。 「ごめんなさい・・・。」と言いながら、気がつくまでにすごく時間がかかった。 この声・・・?びっくりして顔を上げる。 (望・・・?) 声が出ない。身体が固まって動けない。 私の目の前を、自転車を押しながら歩いていく。 その横顔・・・男の人に言うのもヘンかもしれないけど、なんてきれいなんだろう。 彼の姿に気づいた女の子たちが、黄色い声を上げる。 「望く〜んっ!!これっ、受け取ってくださーいっ☆」 「頑張ってねー!また見に来ますぅーっ☆☆」 「どうも・・・ありがとう・・・。」 静かに彼は自転車を走らせる。彼女たちの目には、白馬の王子に映ってるであろう、彼。 一瞬、彼が後ろを振り返った。 ポツポツッと雨が降り出した。 彼と私の間に存在するどうすることもできない距離を、雨だけが埋めてゆく。 まともな言葉すら交わせなかった私・・・。 私は、彼の背中を見送りながら、ひとこと「バイバイ、望・・・」とつぶやいてた。 自分で言ったその言葉が、なおさら心に跳ね返った。もう会えないかもしれない、って。 彼とは反対の方向へ、一目散に駆け出した。まるでそこから逃げるかのように・・・。 そんなことは、とっくの昔に気づいてたはず・・・。 彼が遠い存在だっていうことは。 私のメッセージ読んでくれてたって、それは所詮、それだけのことでしかない。 私は彼のそばにはいられない・・・。 今日、会ってつくづく感じた。彼には近づけない。近づいちゃいけない。 だって、彼のオーラがそう言ってた。 彼はみんなのもの・・・私ひとりのものにはならない・・・。 私は、以前書いた自分の文章に、気持ちを書き加えた。 「後悔なんかしていない あなたを好きになったこと。 あなたに出会えて 幸せをたくさんもらった なのに・・・どうしてこんなに切ないんだろう? 会えば会うほど 淋しくなるのはなぜ? その距離が 近ければ近いほど 遠くに感じるのはなぜ? それは・・・あなたと私の間に 約束がないからかもしれない 今度いつ会えるのか まったく先が見えない不安にさらされているからかもしれない 涙が頬をつたって落ちた。」 その通り、私は泣いてた。涙が次から次へとあふれ出て、止まらなかった。 気がついてしまった。私は彼を、望を、本気で愛しているんだと。 * * * * * * * 「中嶋さん、今日のハガキはこれ、FAXとメールはとりあえずこれだけ、です。」 「はい、どうも・・・。」 オレはメッセージの山を受け取った。今日もたくさん来てるなー! さすがに舞台の後の仕事は、もうヘトヘトだよ。 おまけにいつものように、チャリでホールからスタジオまで来ちゃったし・・・。 声もガラガラになってねーかなぁ? そういえば・・・あの子、どうしただろう?今日の舞台、見に来るって言ってたけど? あわてて山の中から、彼女のメッセージを探す。 また公私混同だって?・・・せめてこれくらいはさせてくれよ? 今日は・・・来てないのかな? 「中嶋さん、これ追加のFAXです。今日はあんまりネタに使えそうなの来てないみたいっすねー・・・。」 そう言いながら、スタッフが数枚のFAXを渡す。 その中に見つけた、彼女の名前。いつものメールとは違う、彼女自身の字を初めて見た。 「私は彼のそばにはいられない。 私のメッセージ読んでくれてたって、それは所詮、それだけのことでしかない。 今日、彼の背中を見送りながら、こんな文章しか思い浮かばなかった。」 これって・・・もしかして・・・? オレはやりきれない想いで、番組をスタートさせた。 「こんばんはー!中嶋 望です〜!梅雨入りしましたねー。ちょっとうっとおしい季節が続くけど、 この番組を聴いて、そんな気分吹き飛ばそうぜ〜っ!!」 なに言ってんだよ?自分がいちばんジメジメしてるくせに?! CMの途中、オレはスタッフにこう告げる。 「あのー、このFAX、ラストに使いたいんですけど?」 「え?これ、ですか?んー・・・なんか淋しい終わり方になりませんかねぇー?」 「たまには、マジなので終わりたいんですよ。 メッセージを送ってくれる人へ、オレもマジなメッセージで答えたいから・・・。」 「そうですか、じゃ、それ、いきましょう。」 番組のジングルが流れて、ラストのコーナーに入る。 「最後のお便りです。これはFAXでいただきました。 かのんさんから・・・。 「私は彼のそばにはいられない。 私のメッセージ読んでくれてたって、それは所詮、それだけのことでしかない。 彼の背中を見送りながら、こんな文章しか思い浮かばなかった。」 オレは彼女の文章を読み上げていく。 「『後悔なんかしていない あなたを好きになったこと。 あなたに出会えて 幸せをたくさんもらった なのに・・・どうしてこんなに切ないんだろう? 会えば会うほど 淋しくなるのはなぜ? その距離が 近ければ近いほど 遠くに感じるのはなぜ? それは・・・あなたと私の間に 約束がないからかもしれない 今度いつ会えるのか まったく先が見えない不安にさらされているからかもしれない 涙が頬をつたって落ちた。』 今日はこんな文章しか書けません。ごめんなさい・・・。 かのん」 オレも人知れず、ため息をもらしてしまったかもしれない。 「かのんさん、切ない恋なんですね?そばにいるのに遠いって、辛いですよね。 でも・・・想うのをあきらめないでほしいな。彼もあなたの想いに気がついてるかもしれないし。 ただ、伝えられないだけかもしれない。男ってけっこう臆病だったりしますから・・・。 けど、お互い会わなきゃ、言わなきゃ伝わんないんだよね。 かのんさん、ぜひ彼に会いに行ってください!そして伝えてください! 自分の気持ちを正直に、ね?」 オレが言えるのはここまで。オレの精一杯の気持ちだよ。 「それでは、今日はこの曲でお別れします。僕もみんなにマジなメッセージ伝えていきたいって 思ってます。 TOKIOで、『メッセージ』。」 「♪Ah〜君には伝えなきゃだよね Oh yeah 声が枯れてもやらなきゃなんないね 行けない場所なんてドコにもないって 知らない事なんてこわくないってだから もっともっと言葉の向こうがわかったらいいね ずっとずっとそのままで まんまがいいね 誰の為のメロディー 『君の為のメロディー』 なんの為のメロディー『夢の為のメロディー』 誰にあてたメッセージ 『僕の為のメッセージ』 なんにあてたメッセージ『夢の為のメッセージ』 君に贈るメッセージ♪」 * * * * * * * 泣いた。もう目が腫れ上がって、明日会社行けなくなるくらい、泣いた。 望が私にメッセージをくれた。 私はもうあきらめない。たとえどうにもならなくても、この気持ち大切にして生きていきたい。 そう思ったら、いてもたってもいられなかった。 私はタクシーを拾って、彼のいるFM局へ急いだ。もう間に合わないかもしれない。 でもそれでもいい!会いに行きたい! 通用口のところに止めてもらい、あわてて降りる。出待ちしてる子なんかいない。 この前の舞台の様子だと、待ってる子の五人や六人くらい、必ずいてもいいはずなのに? 彼はもう帰ってしまったのかもしれない・・・・・。 私は、やっぱりこういうことなのか・・・と肩を落として、ため息をついた。 その時だ。後ろから声をかけられた。 「あのー・・・?誰かを待ってるんですか?」 「はい?」と振り返ると、そこには・・・望が立っていた。 「・・・僕も人を待ってるんです・・・。会えるかどうかわからないんですけど。 なんとなく会えそうな気がして・・・。」 私は言葉にならない。 「好きな人にメッセージを伝えたんだけどね、伝わったかどうか・・・?」 私は、胸が切なく苦しくなりながら、やっとの思いで口を開いた。 「伝わりました・・・。望さん。」 お互い向き合って、時間が止まる。 「かのん・・・さん?きみがかのんさんなの?」 「はい・・・。」 「初めまして・・・。あ!さっき、自転車置き場で・・・?!」 「・・・はい・・・。」 会話が続かない。もう目の前のことが信じられない。夢の中でもこんなこと、あったためしがない。 でも今伝えなければ、後悔する!私は、一生分の勇気を振りしぼって言う。 「望さん・・・私、あなたが好きです。あなたを本気で好きなんだって、あの時気がつきました。 どんなに遠くてもいい、私、あなたを想っていたい。 あなたが背中を押してくれたから。いつも勇気をくれたから・・・。」 少し間をおいて、あなたが答える。 「オレも・・・好きだ。きみのこと、ずっと好きだった。会ったことないのに、きみに惹かれてた。 いつもきみの言葉を待ってたよ。オレもきみから元気もらってたんだ。」 「会いたかった!!」と言って、彼は私を抱きしめた。 私は彼の腕の中で泣いた。 近くに感じる。こんなに近くに感じる。 しばらくの間、降りしきる雨の中、ふたりでただただ抱きしめ合っていた。 「約束・・・しよう?今度はいつ会えるかな・・・?」 彼の言葉に、私は思わず「明日・・・」と答える。 「明日ー?じゃ、毎日?ケータイの番号聞いた方が早いかな?」 「そうだね・・・。」 顔を見合わせて、お互いプッと笑い出す。 視線を合わせて・・・瞳を閉じて・・・ゆっくりと唇を重ねる。 「ごめん、あそこからチャリで来たんだ・・・。」と照れながら笑う彼。 望らしい・・・。どこへ行くにも本当に自転車なんだ。 「しっかりつかまっててよ?オレ、ボウちゃんなんだから、ね?」 苦笑いしながら、彼が言う。 「これからはきみと二人乗りで帰りたいな・・・。」 私は、彼の背中のぬくもりを感じながら、小さく「うん」とうなづく。 しのつく雨はすっかり上がって、まあるい月だけが、私たちのことをあたたかく見守っていた。 |