「約束」


「後悔なんてしていない、あなたを好きになったこと。
 あなたに出会えて、幸せをたくさんもらった。
 なのに・・・どうしてこんなに切ないんだろう?
 涙が頬をつたって落ちた。」

こう書き出してふと、キーボードを打つ手を止めた。

はぁーっ・・・タメ息をつく。

私は作家をめざしている。ふだんはごくふつうにOLしてるけど、
暇さえあれば文章を書きまくり、街へ出ても遊ぶより、つい、いい素材はないかと探してしまってる。
これ!と思えばすかさずメモ。
こんなだから、恋人とのデートなんて縁遠くなるわけだ。

そんな私にも今、好きな人がいる・・・。
この文章も恥ずかしながら、その人を想って書いた。
もっとも、そんな近くにいられるほどの距離ではないのだけれど。



          * * * * * * *



その日、私は仕事で大失態をやらかしていた。口にするのも情けないくらいの。
あまりに自分がやりきれなくて、部屋に帰ってもぼーっとしているだけだった。

その時FMから流れてきた、ある人の言葉・・・。
「今日のテーマは、『私の一日』。
 今日のあなたの一日は、いかがでしたか?うれしかったこと、悲しかったこと、どんなことでもいいです。
 僕に伝えてください。メール、FAX、どちらでも受け付けていますよ。メールの方は・・・・・」
その言葉に、私はふと、「ぐちってみようかな・・・?」って気になった。
PCを立ち上げる気力くらいは残っていたから。
こんなこと話すの情けないけど、知ってる人に愚痴るよりよっぽど気が紛れる。

「はい、さっそく来ましたよ、これは・・・さいたま市にお住まいの、こんばんわんこさん。
 『ボウちゃん、聞いてーっ!今日ねー・・・・・・』

ボウちゃん?この人の名前?名前も番組も知らずに、聴いてる私。

「思いっきり電柱に激突?!そりゃーすごい!めったに体験できないことだよ?!こんばんわんこさん。
 でも、チャリを甘く見たらいけませんよー?僕もね、ふだんはチャリ乗ってますからねー。
 昔、あぜ道走ってたら、蛙よけようとして田んぼにおっこったことがありまして・・・。
 僕の名前、望(のぞむ)で、ボウって読めるでしょう?その頃からなんですよ、ボウちゃんって
 呼ばれるようになったの。
 友達曰く、『トロくてぼーっとしてるから』だと。うるさい、ほっとけーっ!!」

ぷぷぷっ・・・思わず笑った。こんな時でもまだ笑えるんだ、私。

「さてお次は・・・中野区にお住まいの、かのんさん。
 『今日の私は最悪でした。仕事で大失敗して・・・すごく落ち込んでます。』」

ええっ?!わ、私の?!

「『 実は私、お得意先の名前を取り違えて、さらに、100個のところを1000個受注して
  しまっていて・・・。
  あわてて謝罪と返品に走るわ、受注生産のものを余らせるわで、大激怒されてしまいました。
  これでクビがよくつながってるな、と・・・。
  ああ、もう落ち込むーっ!!うなだれっぱなしの私です・・・。』」

げげっ!マジで読まれちゃったよ?!

「そうかー、かのんさん、たいへんな一日でしたね。
 仕事でいろいろあると、ほんとキツイよね?僕も何度やらかしたことか・・・。
 この番組を始めたころなんて、生放送ってだけで緊張して・・・無言のまま時が流れてしまったことも
 ありましたよー?って自慢になんないね、はははっ!」

なんだろう・・・。自分の失敗読まれてるのに、気持ちがラク。
この心地よさは何?この人の声のせい?

「まだまだあなたの『私の一日』、待ってますよー?
 さて、さきほどの落ち込んでるかのんさん、あなたにこの曲を送りましょう!
 15minutesで『今日もいい一日』。」

「♪今日もいい一日だったと 胸張って言えるようになりたい
  ひとり帰る夜は すこし寒いけど きみはあったかい

  100円玉にぎりしめても 缶ジュースひとつ飲めない街で
  お金を出しても 買えやしないもの いくつあったかい
  
  Ah 悲しい時は 空見上げ涙を拭いて
  Ah 口笛吹いて wow ごまかしちゃえ
 
  おとうさん頑張って おかあさんも頑張って
  おじいちゃん おばあちゃん いとしいきみよ みんな頑張って♪」


心に染みたこの曲。この時のこと、今でもはっきり覚えてる。それが1年前。



          * * * * * * *



彼は、あるFM局でラジオのパーソナリティをしている人だった。
それ以外は何も知らなかった。
この人のラジオを聴くようになってから、本業は舞台役者だってことを知ったくらい。

「さて、今日のテーマは、『夢を見ようぜ!』
 ズバリあなたの夢ってなんですか?教えてください。メールは・・・」
今夜も始まった。

私の夢・・・それは自分の作品で、誰かの心を励ますこと。
そう思ったら、自然とキーボードを打つ手が早くなっていた。

「中野区のかのんさん。
 『実は・・・私、小説家をめざしています。毎日すこしずつでも、書くことに触れていたいくらい
  すごく好きなんです。私の書いた文章で、誰かの心を和ませたり励ましたりできたらな、というのが
  私の夢。今は、どんなことでもいいから、心のアンテナに感じたことを、書き留めておく毎日です。』
 素敵な夢だね・・・。誰かを励ましたい、ってすごく前向きで、愛にあふれてる方なんでしょうね?
 僕も、言葉でみんなの心に何かを残せたらな、って思ってます。この番組にしても、舞台にしても・・・。
 かのんさん、頑張ってね!!応援してるよ!」

・・・また読んでくれた、彼。なんだか毎週のように読まれてるような・・・。
もう、誤解しちゃうよ?もしかして彼と私の間には、何か見えない糸でもつながってるんじゃないか?って。

「ここで次の曲。これは前向きに頑張ってる人にピッタリの曲ですね。
 TOKIOで『どいつもこいつも』。」

「♪誰かのためにできること どんな小さなことでも
  笑顔に変えてゆけるのなら 諦めたりはしない

  どいつもこいつもみんな パワフルでいくんだ
  言い訳するのは趣味じゃない
  いつでもどこでもMy life 涙は見せないんだ
  信じている夢に届け何度でもBODY BLOW♪」


そう、私もこの曲、すごく好き。初めて聴いた時、なんだか泣けた。
私の気持ちそのまま、言ってくれてるような気がして。
彼らはいつも勇気をくれるよね。
テレビの顔ばかりで、音楽はあまり知られてないけれど、すごくいいもの持ってると思う。
もっとたくさん、彼らの音楽を聴いてみたいな。


「さてさて、今日もそろそろお別れの時間になってしまいました。
 ここで私事で恐縮なんですが・・・来週から僕の出演する舞台、「シェリー・アムール」が
 始まります。東京・中北沢 本間劇場で、6月1日から6月10日までの公演です。
 くわしいことは、TEL 03・・・」

舞台、始まるんだ・・・。
まだ、彼の舞台見たことない。見たいような見たくないような?
会ってしまうのが怖いような気もしてる。

「みなさん、ぜひぜひお誘い合わせの上、いらっしゃってくださいねー?
 来週はゲストをお迎えして、楽しいトークで1時間お送りします。
 誰がゲストかは、来週のお楽しみ・・・。
 お相手は 中嶋 望でした!それではまた!おやすみなさーい☆」

「おやすみ・・・望。」私は少し照れながらつぶやく。
舞台、見に行ってみようかな・・・?
私って単純。彼の『見に来て』っていう声を聴いたら、行こうかな、だなんて。
胸がきゅーんってなるのを感じていた。



          * * * * * * *



今日も終わった・・・。
このところ、舞台の稽古がつまってるからけっこうキツイ。
「中嶋さん、おつかれさまでしたー!」スタッフが挨拶に来る。
「ありがとうございました!来週もよろしくお願いしますー!」

今日も来てたな、あの子のメール。毎週必ず出してくれてる。
もう1年くらいになるのかなぁ?心待ちにしてるオレ。
そうか、文章書くのがうまいなと思ってたら、作家めざしてたのか。
オレも負けないように、舞台頑張らないとなー!
あー、それにしても、からだちょっとキツイ・・・。

スタジオを出て、従業員専用口へ向かう。
外では、数人の女の子が待っている。
「あ!中嶋さーん!舞台がんばってくださーい!」
「ぜーったい見に行きますぅ!!」
「あ、どうも・・・。」
ほんと、毎週こんな夜中に、ここで待っててくれるのも、なんだか気がひける。
雨の日も風の日も、はたまた寒い日も。
そんな女の子たちを横目に、ふと思う。
(彼女が来てくれたらいいなぁ・・・。)

オレは・・・あの子が気になっていた。
いつもいつも励まされていたのは、オレの方だったかもしれない。
だから・・・今日、舞台のお知らせを入れさせてもらったんだ。
公私混同?!そう言われてもしかたないな。
舞台見に来てほしい。そして彼女に会ってみたい!

少し重いからだをひきずりながら、オレは局を後にした。



          * * * * * * *



「こんばんはー!中嶋 望です!さていよいよ始まるんですよ、舞台。
 もうね、からだけっこうキツイんです、実は。
 今日もギリギリまで稽古してました。セリフ覚え悪いんですよ、僕。
 まぁ、見に来られる方、楽しみにしててくださいね。僕のアドリブが聞けるかもしれませんから。
 それでは、今日の1曲目、桜庭裕一郎で『ひとりぼっちのハブラシ』。」
 
「♪『愛してる』その言葉しか
  思いつかない Uh
  夢の中さえ 君は
  来てくれない

  ハブラシはいつものように
  カガミの前二個並んで
  Ah 待つよ 俺は待ってる
  信じて待つよ♪」


いよいよ明日からだね、舞台。
裕ちゃんの歌詞に、ふっと思った。望の家には、ハブラシ何本あるんだろう・・・。
そんなことを考えて、ものすごく淋しくなった。
どうか1本だけであってほしい・・・なんて。私ってバカだよね。

「僕んちは悲しいことに、ハブラシ、ほんとにひとりぼっちですねぇ。
 2本あって、1本が淋しいなんて、うらやましい・・・。ホントに1本だけ!!
 あ?こういうこと言ってたらまずい?ガラスの向こうでディレクターさんが×出してる!!」

望ったら!冗談でそういうこと言わないでよね?
でも・・・私の心の叫びが聞こえたのかな?ってちょっとうれしくなったけど。

「今日のテーマは、『決心』。心に決めたこと、何でもいいです。どんどん送ってください。」

私は・・・あなたの舞台を見に行くよ。

「さて、次。中野区のかのんさん。いつもありがとうございますー!
 『私の決心、それは、中嶋さんの舞台を見に行くことです。
  いつも、どんなお芝居なのかなと思いつつ、なかなか足を運ぶことができなくて・・・。
  6月7日、夜の部のチケットが取れました!ラッキー♪
  この機会にお芝居の楽しさを味わえたらな、と思います。
  頑張ってくださいねー!楽しみにしています!!』」

うそ・・・読んでる!「いつもありがとう」って?私に気づいてるってこと?!
こんな何の変哲もないメール、なんで読んでるの? 
またヘンな期待しちゃうじゃないっ?!
心臓がバクバクしてる。

「そうですよ?ぜひこの機会に、芝居を楽しんでいってくださいね!
 かのんさん、舞台でお待ちしていますよー!!
 じゃここで1曲。15minutesで『I never miss you・・・・・』。」

「♪泣き顔ばかり思い出してる 
  なんであの時 抱きしめなかったんだ きみをなくすくらいなら 
  So I never miss you
  きみにもいちど会いにゆこう
  こんなことで 終わるような ふたりなんかじゃないはずさ
  だから勇気を出して♪」


あなたが、『会いに来て』って言ってくれてるような気がした。
この幸せな気持ちだけ胸に抱いて、今夜は夢見よう、あなたの夢を・・・。



          * * * * * * *



今夜は舞台を見に行く。朝からもう落ち着かない。
仕事も手につかない。こんな時こそ、気をつけないと、舞台見に行くどころじゃない事態を招きそう・・・。
気をひきしめなくちゃ!平常心、平常心!!
だったら平日に見に行かなければいいんだよ、って?
だって・・・今夜、望のラジオあるんだもん。
すぐにメールしたいから。想ったことを言葉にしたいから。それだけなんだけど・・・。

ランチも喉を通らない。友達も何の話してたか思い出せない。
ごめん、友よ、今日は許してね。

5時15分。上司に捕まる前に、「お先に失礼しまーすっ!!」と元気にフロアを出る。
中北沢までは、井ノ原線で一本、急行で10分強、普通でも20分弱の道のりだ。
すごく早く着くけど、行かずにはいられない。
どこかで何かおなかに入れておかないといけないけれど、また喉を通らないんだろうな。
とりあえず、中北沢で時間をつぶす。何をしても気になってて、本当は上の空だけど。

電車の高架線の向こうに、本間劇場が見えた。
(彼は今ここにいるんだ・・・。)
そう思ったら、この場所さえものすごく愛しい。
私はブラブラ歩くのをやめ、劇場の入り口に向かっていく。
入り口ドア横のガラス越しに、中を覗きこんでみると、
カードに「中嶋 望さんへ」と書かれた豪華な花が、飾ってあるのが見える。
望の文字が胸に痛い。

開演の19時が近づくと、女の子達がぞろぞろやってきた。
全員、望のファンなんじゃないかって思えてくる。
一人の女の子は花束を抱えてる。本人に手渡しするのかしら?私にはとてもできそうもない。
ちらっと見えたカードに、望の文字を発見してしまった。
(この子も彼が好きなんだ。)

「シェリー・アムール」
場末のバーを舞台に繰り広げられる、男と女の切ないラブコメディー。
彼の役は、主役の男の親友。だけど、親友に大切なメッセージを伝えるキーパーソン。
「オマエ、彼女のこと本気じゃねぇのかよ?!男だったら、しっかり捕まえとけよっ!!」
彼の役の男は、悲しい別れを経験した奴だった。

「♪シェリー・アムール 
  思えば 燃えつきた愛じゃなかった
  逢えない 君だけを 想い続けてる

  シェリー・アムール
  思えば 燃えつきた愛じゃなかった 
  逢いたい 叫んでる
  探し続けてる いまも君を♪」  

彼が歌ってる。初めて聴く彼の歌。
切ない声に、どれだけの人が酔いしれてるのだろう。
彼も、こんな気持ちを誰かに抱いてるのだろうか?
舞台の上の彼が、涙でにじんで見えなくなっていった。



          * * * * * * *



ホールのロビーには女の子たちがあふれ返っていた。
家路につく女の子に混じって、歩き出していた私。
楽屋への通路の方に、十数人の女の子たちが向かっているのに気づく。
さっきの花束の女の子も混じっている。
私は思わず足が止まる。
(みんな会いに行くの?)

混み合っていたロビーも人がはけて、閑散としてきた。
楽屋の方から、女の子たちのちょっと甘い歓声が上がる。
「望、かっこいいーっ☆どーしよーっ!手洗えないーっ☆☆」女の子たちがバタバタと走り出してくる。
今度は、どこへ行くというの?
楽屋口だ。楽屋口で、今度は出待ちするらしい。

(一目会いたい・・・。)
そんな気持ちが私に湧き上がってきた。
一目でいい。遠くから一目でいいから、会いたい。

楽屋口の前で待つ女の子たちからは少し離れて、私は、楽屋口横の自転車置き場にいた。
ここなら楽屋から出てくる彼を、横から少しだけ見ることができそうだから。

どれくらい待ったことだろう?
出演者たちが楽屋口から出てきた。女の子たちがにわかに色めき立つ。
でも・・・彼の姿はない。
少しがっかりしたような、ほっとしたような気がして、ため息をついた。
その時、自転車置き場の向こうから、一人の男がやってきた。
うつむいていた私の横に来て、自分の自転車を出そうとしている。
「すみません・・・。」
私がちょっとジャマしてたみたい。
「ごめんなさい・・・。」と言いながら、気がつくまでにすごく時間がかかった。
この声・・・?びっくりして顔を上げる。
(望・・・?)
声が出ない。身体が固まって動けない。
私の目の前を、自転車を押しながら歩いていく。
その横顔・・・男の人に言うのもヘンかもしれないけど、なんてきれいなんだろう。

彼の姿に気づいた女の子たちが、黄色い声を上げる。
「望く〜んっ!!これっ、受け取ってくださーいっ☆」
「頑張ってねー!また見に来ますぅーっ☆☆」
「どうも・・・ありがとう・・・。」
静かに彼は自転車を走らせる。彼女たちの目には、白馬の王子に映ってるであろう、彼。
一瞬、彼が後ろを振り返った。

ポツポツッと雨が降り出した。
彼と私の間に存在するどうすることもできない距離を、雨だけが埋めてゆく。
まともな言葉すら交わせなかった私・・・。

私は、彼の背中を見送りながら、ひとこと「バイバイ、望・・・」とつぶやいてた。
自分で言ったその言葉が、なおさら心に跳ね返った。もう会えないかもしれない、って。
彼とは反対の方向へ、一目散に駆け出した。まるでそこから逃げるかのように・・・。

そんなことは、とっくの昔に気づいてたはず・・・。
彼が遠い存在だっていうことは。
私のメッセージ読んでくれてたって、それは所詮、それだけのことでしかない。
私は彼のそばにはいられない・・・。
今日、会ってつくづく感じた。彼には近づけない。近づいちゃいけない。
だって、彼のオーラがそう言ってた。
彼はみんなのもの・・・私ひとりのものにはならない・・・。

私は、以前書いた自分の文章に、気持ちを書き加えた。

「後悔なんかしていない あなたを好きになったこと。
 あなたに出会えて 幸せをたくさんもらった
 なのに・・・どうしてこんなに切ないんだろう? 
 会えば会うほど 淋しくなるのはなぜ?
 その距離が 近ければ近いほど 遠くに感じるのはなぜ?
 それは・・・あなたと私の間に 約束がないからかもしれない
 今度いつ会えるのか まったく先が見えない不安にさらされているからかもしれない
 涙が頬をつたって落ちた。」

その通り、私は泣いてた。涙が次から次へとあふれ出て、止まらなかった。
気がついてしまった。私は彼を、望を、本気で愛しているんだと。



          * * * * * * *



「中嶋さん、今日のハガキはこれ、FAXとメールはとりあえずこれだけ、です。」
「はい、どうも・・・。」

オレはメッセージの山を受け取った。今日もたくさん来てるなー!

さすがに舞台の後の仕事は、もうヘトヘトだよ。
おまけにいつものように、チャリでホールからスタジオまで来ちゃったし・・・。
声もガラガラになってねーかなぁ?
そういえば・・・あの子、どうしただろう?今日の舞台、見に来るって言ってたけど?
あわてて山の中から、彼女のメッセージを探す。
また公私混同だって?・・・せめてこれくらいはさせてくれよ?

今日は・・・来てないのかな?
「中嶋さん、これ追加のFAXです。今日はあんまりネタに使えそうなの来てないみたいっすねー・・・。」
そう言いながら、スタッフが数枚のFAXを渡す。
その中に見つけた、彼女の名前。いつものメールとは違う、彼女自身の字を初めて見た。

「私は彼のそばにはいられない。
 私のメッセージ読んでくれてたって、それは所詮、それだけのことでしかない。
 今日、彼の背中を見送りながら、こんな文章しか思い浮かばなかった。」

これって・・・もしかして・・・?
オレはやりきれない想いで、番組をスタートさせた。


「こんばんはー!中嶋 望です〜!梅雨入りしましたねー。ちょっとうっとおしい季節が続くけど、
 この番組を聴いて、そんな気分吹き飛ばそうぜ〜っ!!」

なに言ってんだよ?自分がいちばんジメジメしてるくせに?!


CMの途中、オレはスタッフにこう告げる。
「あのー、このFAX、ラストに使いたいんですけど?」
「え?これ、ですか?んー・・・なんか淋しい終わり方になりませんかねぇー?」
「たまには、マジなので終わりたいんですよ。
 メッセージを送ってくれる人へ、オレもマジなメッセージで答えたいから・・・。」
「そうですか、じゃ、それ、いきましょう。」


番組のジングルが流れて、ラストのコーナーに入る。

「最後のお便りです。これはFAXでいただきました。
 かのんさんから・・・。
 「私は彼のそばにはいられない。
  私のメッセージ読んでくれてたって、それは所詮、それだけのことでしかない。
  彼の背中を見送りながら、こんな文章しか思い浮かばなかった。」
 
オレは彼女の文章を読み上げていく。

「『後悔なんかしていない あなたを好きになったこと。
  あなたに出会えて 幸せをたくさんもらった
  なのに・・・どうしてこんなに切ないんだろう? 
  会えば会うほど 淋しくなるのはなぜ?
  その距離が 近ければ近いほど 遠くに感じるのはなぜ?
  それは・・・あなたと私の間に 約束がないからかもしれない
  今度いつ会えるのか まったく先が見えない不安にさらされているからかもしれない
  涙が頬をつたって落ちた。』

 今日はこんな文章しか書けません。ごめんなさい・・・。   
                               かのん」

オレも人知れず、ため息をもらしてしまったかもしれない。

「かのんさん、切ない恋なんですね?そばにいるのに遠いって、辛いですよね。
 でも・・・想うのをあきらめないでほしいな。彼もあなたの想いに気がついてるかもしれないし。
 ただ、伝えられないだけかもしれない。男ってけっこう臆病だったりしますから・・・。
 けど、お互い会わなきゃ、言わなきゃ伝わんないんだよね。
 かのんさん、ぜひ彼に会いに行ってください!そして伝えてください!
 自分の気持ちを正直に、ね?」

オレが言えるのはここまで。オレの精一杯の気持ちだよ。

「それでは、今日はこの曲でお別れします。僕もみんなにマジなメッセージ伝えていきたいって
 思ってます。
 TOKIOで、『メッセージ』。」

「♪Ah〜君には伝えなきゃだよね
  Oh yeah 声が枯れてもやらなきゃなんないね
  行けない場所なんてドコにもないって
  知らない事なんてこわくないってだから
  もっともっと言葉の向こうがわかったらいいね
  ずっとずっとそのままで まんまがいいね

  誰の為のメロディー 『君の為のメロディー』
  なんの為のメロディー『夢の為のメロディー』
  誰にあてたメッセージ 『僕の為のメッセージ』
  なんにあてたメッセージ『夢の為のメッセージ』
  君に贈るメッセージ♪」



          * * * * * * *



泣いた。もう目が腫れ上がって、明日会社行けなくなるくらい、泣いた。
望が私にメッセージをくれた。
私はもうあきらめない。たとえどうにもならなくても、この気持ち大切にして生きていきたい。
そう思ったら、いてもたってもいられなかった。

私はタクシーを拾って、彼のいるFM局へ急いだ。もう間に合わないかもしれない。
でもそれでもいい!会いに行きたい!

通用口のところに止めてもらい、あわてて降りる。出待ちしてる子なんかいない。
この前の舞台の様子だと、待ってる子の五人や六人くらい、必ずいてもいいはずなのに?
彼はもう帰ってしまったのかもしれない・・・・・。
私は、やっぱりこういうことなのか・・・と肩を落として、ため息をついた。
その時だ。後ろから声をかけられた。

「あのー・・・?誰かを待ってるんですか?」
「はい?」と振り返ると、そこには・・・望が立っていた。
「・・・僕も人を待ってるんです・・・。会えるかどうかわからないんですけど。
 なんとなく会えそうな気がして・・・。」
私は言葉にならない。
「好きな人にメッセージを伝えたんだけどね、伝わったかどうか・・・?」

私は、胸が切なく苦しくなりながら、やっとの思いで口を開いた。
「伝わりました・・・。望さん。」

お互い向き合って、時間が止まる。

「かのん・・・さん?きみがかのんさんなの?」
「はい・・・。」
「初めまして・・・。あ!さっき、自転車置き場で・・・?!」
「・・・はい・・・。」

会話が続かない。もう目の前のことが信じられない。夢の中でもこんなこと、あったためしがない。
でも今伝えなければ、後悔する!私は、一生分の勇気を振りしぼって言う。

「望さん・・・私、あなたが好きです。あなたを本気で好きなんだって、あの時気がつきました。
 どんなに遠くてもいい、私、あなたを想っていたい。
 あなたが背中を押してくれたから。いつも勇気をくれたから・・・。」
少し間をおいて、あなたが答える。
「オレも・・・好きだ。きみのこと、ずっと好きだった。会ったことないのに、きみに惹かれてた。
 いつもきみの言葉を待ってたよ。オレもきみから元気もらってたんだ。」

「会いたかった!!」と言って、彼は私を抱きしめた。
私は彼の腕の中で泣いた。
近くに感じる。こんなに近くに感じる。
しばらくの間、降りしきる雨の中、ふたりでただただ抱きしめ合っていた。

「約束・・・しよう?今度はいつ会えるかな・・・?」
彼の言葉に、私は思わず「明日・・・」と答える。
「明日ー?じゃ、毎日?ケータイの番号聞いた方が早いかな?」
「そうだね・・・。」
顔を見合わせて、お互いプッと笑い出す。
視線を合わせて・・・瞳を閉じて・・・ゆっくりと唇を重ねる。

「ごめん、あそこからチャリで来たんだ・・・。」と照れながら笑う彼。
望らしい・・・。どこへ行くにも本当に自転車なんだ。
「しっかりつかまっててよ?オレ、ボウちゃんなんだから、ね?」
苦笑いしながら、彼が言う。
「これからはきみと二人乗りで帰りたいな・・・。」
私は、彼の背中のぬくもりを感じながら、小さく「うん」とうなづく。

しのつく雨はすっかり上がって、まあるい月だけが、私たちのことをあたたかく見守っていた。